エレベーターガール



シーン1. (1F 始動)
 
全身を襲う苦痛に耐えて、レイは目を開いた。
ここが何処かを、確認するためだった。

先程まで移動ベッドが拾って背中から伝わっていた振動が、ようやく治まっている。
おかげで痛みが一段落し、周囲の状況を確認することができた。

どうやら、ここはエレベータの中らしい。
狭い部屋の中を照らす電灯と、まだ揺れている点滴の袋、そして自分を見降ろす医師と看護師たちの無機
質な顔が視野に入った。

ドアの上にあるフロア表示の中で変化していく数字が、この個室が降下していることを示している。
これから第7ケイジに行き、初号機に搭乗するのだ。

さきほど冬月副司令の指示で起こされ、屋内回線を通して碇司令の命令を聞いた。

『レイ。』
「はい。」

『”予備”が使えなくなった。もう一度だ。』
「はい。」

こうなるかも知れないからと、麻酔も投与されずにレイは待機させられていた。
体が思うように動かせるかどうかは、この際関係ない。
何としてでもエヴァを操縦し、使徒に打ち勝たなくては、人類に未来はないのだから。

それが碇司令の望みであれば、自分はそれに応えるだけだ。
何の迷いもなく、レイはそう思っていた。




シーン2. (2F 接近)

結局、初号機には碇司令の息子が乗ることになった。
碇司令が、初号機パイロットの”予備”と呼んでいた少年だ。
名を、シンジというらしい。

彼が搭乗した初号機によって、第四の使徒と、第五の使徒は殲滅に成功したという。
自分の出番はなくなったわけだが、レイはそれを残念とは思わなかった。

動くことも儘ならなかった全身の傷を、ゆっくり治すことができたからだ。
そのおかげで、本来の自分の専用機である零号機の起動実験を、再開することができる様になった。

今、レイはその零号機の再起動実験のために、本部のエレベータに乗って階下を目指していた。
ここへ来る途中まで、シンジが一緒だったが今は一人で乗っている。

シンジとは、エスカレータのところで別れたのだ。
いや、レイがシンジを置き去りにしてきたと言った方がいいかも知れない。

レイは、そこで交わしたシンジとの会話を思い出していた。

「さっきは…ごめん。」
「何が?」

「あの、これから、再起動の実験だよね?
 今度はうまく行くといいね。
 ねえ、綾波は怖くないの? またあの零号機に乗るのが。」

「どうして?」
「前の実験で、大怪我したんだって聞いたから。平気なのかなって思って。」

「あなた、碇司令の子供でしょ。信じられないの? お父さんの仕事が。」
「当たり前だよ、あんな父親なんて!」

そのとき、レイは言い様のない怒りを感じた。
気が付いたときには、シンジの頬を張り飛ばしていた。
シンジは、茫然としていた。
  
そのままレイは、エスカレータを降りると通路を進み、さらに地下を目指すこのエレベータに乗っのだった。
シンジは、追ってこなかった。




シーン3. (3F 絆)

その日の夕方、今度は食事が載ったワゴンとともに、レイはエレベータに乗った。
階上のシンジの病室に、それを届けるためだった。

シンジは間もなく目覚めるだろうということだった。
零号機の再起動実験の直後に第六の使徒が現れ、シンジが初号機で出撃したところへ、使徒の加粒子砲の
直撃を受けたのだ。

食事を運ぶと同時に、明日の作戦内容の伝達も命じられていた。
何故か、シンジを中心に作戦が組まれる様になっている。

そのこと自体には、特別に抵抗感はない。
自分の零号機はあくまでもプロトタイプであり、より実戦向きなテストタイプの初号機と初戦からシンクロしてい
るシンジが、使徒殲滅の作戦行動の中心的な役割を担うのは当然だと思う。

だが、それならば何故あのとき、碇司令はシンジのことを”予備”だと言ったのだろうか。
わざと、シンジに聞かせるために口にしたとしか思えない。
そしてその物言いが、シンジに反感を抱かせたであろうことは、レイにも想像できた。
シンジが”あんな父親”と言った理由の一端は、そこにもあると思う。

(わたしは、碇司令を信じている。でも、その息子の碇君はそうではない。)

それは、わざとそう仕向けているのか?
…わからない。
わかろうとも思わないが、そのことで誰かが得をするわけではないと思う。
ただ自分は、
”エヴァを通して繋がる相手が一人増えた。”
それだけ認識しておけばよい、そう考えることにした。


 

シーン4. (4F 増員)

数日後、レイはプラグスーツ姿でエレベータに乗っていた。
その日の使徒殲滅のミッション、”TASK-02”が終了し、階下のロッカールームに戻るためだった。

エヴァを通して繋がる相手が、また一人増えていた。
今度は、女性だった。
名を、式波・アスカ・ラングレーというらしい。
なんでも、ユーロ空軍のエースだということだった。

エースというだけのことはあった。

”TASK-02”はすなわち、エヴァ2号機優先のミッションだった。
迎撃を指示された第七使徒に対して、一切のダメージを受けることなく、手際よく殲滅してみせていた。
そのバックアップでレイも零号機で出撃していたが、出番を迎えることはなかった。

今後また、同時に出撃することもあるだろう。
そう考えて、顔だけ見ておくことにした。
いかにも勝気そうな、髪の長い少女だった。
それだけ確認すると、レイは着替えに戻ることにしたのだった。

(あの子、碇君と違う感じがする。)
降下するエレベータの中で、レイはそう思った。

同じエヴァのパイロットでも、シンジはレイへの気遣いを見せた。

「綾波は、なぜエヴァに乗るの?」
先日の第六使徒を狙撃する作戦、”ヤシマ作戦”の開始前に、シンジがそう聞いてきた。

「絆だから。」と答えると、「強いんだな、綾波は。」と感心していた。

そして作戦どおり、レイが盾になって使徒の加粒子砲から初号機とシンジを守り、シンジは使徒の狙撃に成
功した。
高熱で気を失いそうになっていたところへ、シンジがプラグのハッチをこじあけ、安否を確認しに来てくれた。
レイの無事を確認して、シンジは涙を流していた。

初めて、他人が自分のために涙を流すところを見た。
そのとき、レイは自分の中で何かが変わったような気がした。

今日会った、2号機パイロットはそんな感じがしなかった。
シンジの様な泥臭さがなく、洗練はされているがもっとドライで、作戦遂行が最優先事項で仲間のパイロットの
ことには関心がない様に見受けられた。

いや、そもそも自分一人で何でもやってしまうタイプなのかも知れない。
他人との絆は、意識の中にない様に見える。
彼女がチームに加わったとして、どんな作戦行動になるのか想像しようとしたが、できなかった。





シーン5. (5F 孤高)

彼女を加えた作戦行動は、意外に早くやってきた。
衛星軌道上に、第八使徒が現れたのだった。

作戦会議の後、それぞれのエヴァの出動地点に向かうため、レイたちパイロット三人はエレベータで地上に向
かっていた。

「さっきも、あんたたちに言ったけれど。」
彼女…式波・アスカ・ラングレーは、真紅のプラグスーツに身を包み、腕を組んだままそう言った。

「あたしの足手まといには、ならないでよね!」

「式波さん、ミサトさんも言ってたじゃないか。」
シンジが応じた。

「奇跡を起こすためには、ぼくたち三人の力が必要だって。」

「それはあくまで、エヴァ単機では広大な使徒の落下予測範囲全域をカバーできないからよ!
 あんたたちのバックアップが必要なのは認めてあげる。
 でも、使徒を斃すのは、エヴァとのシンクロが最も高いものが担うべきだわ。
 だから、それはあたしがやる。
 手柄を狙って勝手な行動をしないこと!
 いいわね?」

「わかったよ。とどめを刺すのは、式波さんにまかせるよ。」

「そう、それでいいのよ。エコヒイキもいいわね?」

「それが可能であれば、そうするわ。」
レイはそう答えた。

その物言いにアスカは不満そうな表情を見せたが、とくに文句を言うことはなかった。




シーン6. (6F 謝意)

それから、三日後。

「レイ、食事にしよう。」
そう言われてレイは、ゲンドウとともにダミープラントから本部施設に戻るエレベータに乗った。

あれから、いろんなことがあった。
レイはゲンドウの横に並んで、エレベータの窓から等間隔で下へと流れていくライトの光を見ながら、先日の
戦闘とそのあとの出来事を思い出していた。

第八使徒は、三人の力を合わせてなんとか殲滅することができた。

『なによ、計算より早いじゃない! ダメ! あたしじゃ間に合わない!』
2号機を落下する使徒に向かって走らせながら、叫ぶアスカ。

『こっちで何とかする!』
応じるシンジ。

『ミサトさん!!』
『緊急コース形成! ロクマルゴからロクナナゴ! 次っ、ヒトマルナナニーからヒトマルナナハチ!』

落下地点に到達した初号機は、使徒を受けとめる。

『アスカ! 早く!』
『分かってるってばぁ!』

だが、アスカの2号機のプログナイフは、動き回る使徒のコアを捉えることができなかった。
レイの零号機が咄嗟に、使徒のコアを掴む。

『くっ…、早く…。』
『分かってるっちゅーのおぉぉっ!!』

ようやく、使徒を斃した。
戦闘後しばらくの間、何故かは分からないがアスカは落ち込んでいたようだった。

それが、翌日から少し人当たりが柔らかくなった。
その理由も、そのときは分からなかった。

さらにその翌日…昨日のことになるが、レイにとって決定的なできごとがあった。
それがアスカを変えたことにも関係があるのどうか、それは分からない。
だがレイにとってそれは、生涯忘れられないことだった。

『はい、これ。』
昼休みに、シンジがレイに何かを差し出した。

『何?』
『お弁当。いつも、食べてなさそうだったから。』

『あ…ありがとう。』
ためらいながら、レイはそれを受け取った。

(ありがとう…感謝の言葉。初めての言葉。この人にも、言ったことなかったのに)
レイはエレベータの中で、傍らに立つゲンドウに視線を転じた。

(食事にしようと、この人はわたしに言った)
…食事とは楽しいものかと、一度訊いてみようとレイは思った。

誰かと一緒に食べると、うれしいものなのか?
誰かに食事を作ってもらえると、うれしいものなのか?

(もしそうなのなら、碇司令と碇君、そしてみんなを招いて食事会を開いてみよう)
レイは、そう思った。




シーン7. (7F 計画)

翌朝。

いつもの様にリツコの部屋で簡単な診察を受けた後、レイは学校に向かうために本部施設のエレベータに
乗った。
その左手の指には、さきほどリツコに巻いてもらった絆創膏がある。

「どうしたの、その手。」
診察時にレイの指にキズがあることに気付いたリツコは、そう訊ねたのだった。

「ゆうべ、料理の練習をしました。まだ、包丁の使い方がよく分からなくて。」
「あら、珍しいわね。 碇司令に御馳走でも作るの?」

「…司令と、碇君と、それとみんなを呼んで、食事会を開きたいと思ったのです。」
「へえ。」

昨日、ゲンドウの了解は取り付けた。
そしてレイは、その日のうちに料理の練習を始めたのだった。

「赤木博士にも後で招待状をお渡しします。
 でも、もう少し上手くなるまでは、碇司令と碇君には、秘密にしておいてください。」

「わかったわ。でも、その手は手当てしないと。小さなキズでも、化膿することもあるのだから。
 さあ、手をかして。」

「…はい。」
レイは少し躊躇したが、言われるままに左手を差し出した。

そして今、そのときに巻いてもらった絆創膏がレイの左手の指にある。
エレベータの中でそれを顔の前にかざして、レイは微笑んだ。

「ありがとうございます。」
手当てが終わったとき、レイはリツコにそう言った。
そのとき、リツコが驚いた様に目を見開いたことを、レイは思いだしたのだ。

(わたしがお礼を言ったことが、そんなに意外だったのだろうか)

学校でも皆に挨拶してみよう、レイはそう決心した。




シーン8. (8F 告白)

レイが挨拶をしたり、感謝の言葉を口にすると、みんな一様に呆気にとられた表情を見せた。
だが、それも最初のうちだけで、次第にみんながレイに対して笑顔を見せる様になった。

それは挨拶するときだけに見せる、かりそめの笑顔であったかも知れない。
しかし、それも悪くないとレイは思うのだった。

ただし、一人だけ挨拶は返すものの、レイに対して笑顔を見せたことがない生徒がいた。
アスカである。

何が、面白くないのか。
シンジと話をした後など、こちらを睨んでいるようにさえ見える。

(彼女は、ポカポカすることを、感じたことがないのだろうか)
レイは、アスカにも食事会の招待状を出すことにした。

これで、少しは打ち解けてくれるだろうかと思った。
だが、事態は逆の方向に進んだ。
アメリカ第2支部の消失とエヴァ3号機の引き取り、そしてそれに伴う2号機の凍結である。
アスカは、かなりショックを受けたようだった。

アスカと同じエレベータに乗り合わせたのは、そんなときだった。

先にエレベータに乗っているところへ、アスカが乗り込んできた。
レイの方を見ないようにしている。
そのまま、長い沈黙が続いた。

レイは思いきってアスカに話しかけた。
「エヴァは、自分の心の鏡よ。」

「なんですって!?」
アスカが喰ってかかってきた。

「エヴァに頼らなくていい。あなたには、エヴァに乗らない幸せがある。」

「偉そうなこと言わないで! エコヒイキのクセに。
 あたしが天才だったから、自分の力でパイロットに選ばれたのよ!
 コネで乗ってるあんた達とは違うの!!」

「私は繋がっているだけ。エヴァでしか人と繋がれないだけ。」

「うるっさい!あんた、碇司令の言うことは何でも聞くおすまし人形だから贔屓されてるだけでしょ?」
「わたしは人形じゃない。」

「人形よぉ! 少しは自分を知りなさいよ!!」
いきなり手をふりあげ、アスカはレイの頬を張り飛ばそうとした。

(え?)
意外にも、その手はレイにあっさりと受け止められた。
(こいつ、仮にも軍事訓練を受けたこのあたしのビンタを、受けとめるなんて)

思わずアスカはレイの手を見た。
そして、そこに幾つもの絆創膏があることに気付く。

『おぉっ!?まー!!これはこれはぁ! アスカもシンちゃんに、料理ご馳走するのんー?』
ミサトの言葉が、突然思い出された。

『違うわっ! えっと女の子…そっそうヒカリよ!』
『ぷぷぷ。レイといいアスカといい、急に色気づいちゃって』

レイも料理の練習をしていたということは、そのときに知った。
そしてレイの左手の絆創膏は、その料理の練習のときにできた切り傷や火傷なのだろう。
自分と同じように。
だが、その同じ手にある、レイの絆創膏の量はいったいどういうことか。
自分の数倍はある。
それはつまり、レイはアスカの数倍も料理を練習しているということではないだろうか。

「ふん、人形のくせに、生意気ね…。」
アスカは、そうつぶやく。

それはしかし、アスカにとっては敗北を認めたつぶやきだった。

エレベータが止まる。
アスカの目的の階に到着したのだった。

出て行こうとしたアスカは、ふと思いなおして閉まろうとする扉を押さえた。

「一つだけ聞くわ。あのバカをどう思ってるの?」
「バカ?」
「バカと言えばバカシンジでしょ。」
「碇君?」
「どうなの?」
「よく、分からない…。」
「これだから日本人は! ハッキリしなさいよ!」

アスカにそう言われ、レイは真剣に考え、とりあえず言葉にした。

「分からない・…ただ、碇君と一緒にいるとポカポカする。私も碇君にポカポカして欲しい。
 碇司令と仲良くなって、ポカポカして欲しいと、思う。」

なぜか、頬が熱くなるのをレイは感じた。
そんなレイを見てアスカは、

「そう、分かったわ。」
一言だけそう言うと、エレベータを出ていった。
そしてそれが、レイがアスカを見た最後の姿となった。

翌日、レイはアスカが3号機起動実験のテストパイロットに名乗り出たことを知った。




シーン9. (9F 決意)

”3号機事件”…それにより、アスカのパイロット登録は抹消となった。

起動実験中に第九使徒に乗っ取られ、暴走している3号機を殲滅するために、初号機に搭載された”ダミー
システム”が使用されたのだ。
シンジの意思に関係なく、アスカの救出は考慮されずに。

アスカは、一命はとりとめたものの、二度と人前にその姿を現すことはなかった。
全ては、人命よりも使徒殲滅を優先させたゲンドウの命令によるものだった。

そして、シンジはもうエヴァには乗りたくないとゲンドウに告げ、第3新東京を去った。
エヴァのパイロットは、レイ一人となった。

今、レイはプラグスーツに着替えて本部施設のエレベータに乗り、零号機のケイジに向かっている。
第十使徒と、戦うために。

すでに2号機に、誰か(おそらく、ユーロ支部のバックアップ要員と思われる)が、搭乗して応戦しているが、
状況ははかばかしくない。
伝え聞いた限りでは、使徒にはまったくダメージを与えられていない様だ。

”特攻”しかない、レイはそう判断した。
その手には、シンジが去るときに置いて言った、彼のS−DATがある。

侵攻速度とその破壊力からみて、おそらく今回の使徒が最強のものだろう。
だから、自分が犠牲になってでも、今の2号機パイロットと本部施設だけは守る。
あとのことは、守り通した人たちに託そうと思った。

(それで、碇君がもう、エヴァに乗らなくてもいいようになるのならば!)
降下していくエレベータの中で手にしたS−DATを見つめながら、レイは悲壮な決意を固めた。




最終シーン. (RF 陽光)

「まさか、”カヲル君”と言ったっけ、彼が自分の身を捨てて、世界の崩壊を止めてくれるなんて!」
疲れた表情を見せながら、シンジがそうつぶやいた。

ターミナルドグマから、本部施設に戻るための非常用エレベータの中に、三人はいた。
あとの二人は、レイと、マリ…真希波・マリ・イラストリアスである。

「あの人、『自分が楔(くさび)となることで、リリスを止められるかも知れない』と言っていたわ。」
レイがそう応じる。

「どういうことなんだろう? 真希波さんは、何か聞いてる?」

「マリでいいわよ。
 わたしはただ彼に、あなたたちが無事に帰れるように、手助けしてやってくれと頼まれただけよ。」

第十使徒は初号機が倒し、そこに取り込まれていたレイを今度は初号機が吸収した。
それは、”綾波を救う”という、シンジの強烈な意思が成したことだった。
だが、それがトリガーとなって、サードインパクトが始まろうとしていた。
ジオフロントを起点として、全てが崩壊しようとしていたのだった。

マリは、使徒戦で大破した2号機を降りた後、その一部始終を目撃していた。

初号機を中心にして、何かが起ころうとしているところへ、上空から飛来した槍が初号機を貫いた。
その”何か”は、確かにそれで阻止された。
降下してきたのは、エヴァ6号機。
それに乗るカヲルが宣言する。
「さあ、約束の時だ。碇シンジ君。今度こそ君だけは…幸せにしてみせるよ。」

そしてマリに向かって、言った。
「そこの君、よかったら手伝ってくれないか。」

「わたしに? 何をしろっていうの?」

「これから、初号機を連れてドグマを降りる。君にもついて来てもらいたいんだ。
 ことが済んだら、シンジ君たちを地上に帰したいからね。」
招かれるままにマリは6号機に乗り込み、動かぬ初号機を抱えた6号機とともにドグマを降りた。

リリスの前まで行ったが、そのあとのことはよく覚えていない。
6号機は、初号機と融合を始めたようだった。
シンジとレイはそのときに初号機から排出され、マリとともに茫然とその光景を見上げた。

「これが、真のエヴァンゲリオン…偽りの神ではなく、ゼーレが目指した本物の神だ。」
傍らでカヲルは、そんなことを言っていたようだ。

「だが、ここでリリスが目覚めれば、真のエヴァによってゼーレの望むままの補完計画が発動する。
 それだけは、させない。
 逆に真のエヴァでリリスを抑え、ぼくが楔(くさび)となることでその復活は阻止できるだろう。
 さあ、君たちは地上に戻りたまえ。
 君たちの大事な仲間も、そろそろ目覚める頃だ。」

「なか…ま?」
シンジは、ぼんやりとした表情で訊ねた。
初号機のコアから実体化を果たしたばかりのシンジは、まだ覚醒しきっていない様子だった。

「本来の2号機パイロットだよ。充分ICUボックスを出られる程度に回復している筈だ。」

カヲルの言葉に、マリは”早く行け”という意思を感じとった。
(ここで、何かやばいことか、正視に堪えないことが、起きるのかも知れない)
そう思い、シンジとレイを促した。

「行こう、わんこ君、綾波さん。」
「あ、うん…。」

そして今、マリはシンジとレイを連れて、本部施設に戻る非常用エレベータに乗っているのだった。

「カヲル君か…。」
シンジは、ぽつりとそうつぶやく。

「どうしたの?」
レイが訊きかえした。

「いや、彼とは前に何処かで、会ったことがあるような気がするんだ。」
「そう…。」

何かを思い出そうとしているところへ、マリが割り込んで来た。
「それよりさ、”本来の2号機パイロット”がお目覚めじゃなかったの?」

「そうだった!」
「迎えに行こうよ、わたしたち三人で。」
「そうだね、そうしよう。」

エレベータは今、ジオフロントと同じ高度まで上昇していた。
その窓が、それまでの等間隔の照明灯の光の代わりに、穏やかな陽光を室内に取り入れている。
先程の使徒の攻撃で本部施設に大穴が開いたせいで、ジオフロント内に地上から降り注ぐ光が、直接エレ
ベータに届いているのだ。

「見て。」
レイは、エレベータの窓の外を指差した。

地底湖が、陽の光を浴びて、その水面(みなも)をきらきらと輝かせていた。

「へえ。」
「綺麗…。」
傍らの二人が、声をあげてそれに見とれている。
レイもその光景を、美しいと思った。

そして、レイは思う。
(2号機の子…式波さんは、元気になったのかしら)

もし、カヲルが言う様にアスカが復活を果たし、日常生活に復帰できるのならば…。
3号機事件で実現できなかった食事会を、もう一度開こうと思った。
もちろん、このマリという少女も入れて。
                 完